kaiだらけでごめん 海ちゃんのお気楽生活
>>ひとりごと
雨もよいのころ  2021/07/18
Cozy Theater 2021 「雨もよいのころ」by Akira Fuse
銀座博品館劇場

あまりにも素晴らしかったので、書き留めておこうと思います。
Cozy Theaterは布施明さんのいつものコンサートとはちょっと違って、布施さんの書下ろしの脚本によるひとり芝居と歌の舞台です。
毎年のように梅雨時に開催されていましたけれど、昨年はコロナのせいもあってか、行われませんでした。今年も無いのだろうなと諦めていたら、思いがけず開催されると聞いて、思わず小躍り、心待ちにしておりました。

最初からびっくりの主人公の登場、眼鏡をかけて、コートをひるがせて、四角い革のかばんをぶら下げて、非常口の扉から息を切らして走りこんできました。そんな調子で汗をふきふき始まった素敵な物語、何が起きるのかと否が応でも引き込まれてしまいます。
小さな劇場、それも少し古びた感じが懐かしい劇場だから、余計に雰囲気は盛り上がります。

ひとり芝居は時折くすっと笑わせるおかしな物語ながらも、さみしさも悲しみもいっぱいです。誰でもが胸に持つ悲しみを、すいっと軽くすくい取り、いとおしむようにそおっと包んでしまうお芝居です。布施さんはひとり芝居なんてものではなく、ひとりふざけですなんて言ってましたけれど、決してそんなことはありません。

歌う歌一つひとつも物語となって、やさしく差し出されてきます。ピアニストの井川雅幸さんと二人だけで紡ぐ舞台、その表現力の広さと深さ、力強さに圧倒されてしまいます。最初から最後まで、アンコールが終わるまでも、ひとつの物語なのです。

布施さんの作詞作曲、もしくは外国の曲に布施さんが詩を書いた曲、ヒット曲の陰に埋もれてしまいがちだけれど、すごく素敵な曲がたくさんあります。今回はそれらを中心に歌ってくださったので、とてもとても嬉しかったです。念願が叶ったように思います。

最後に、布施さんと井川さんがつないだ手を大きく上に持ち上げて挨拶されたカーテンコール、お二人の満面の笑顔、なんて励まされたことでしょう。少々背中の丸まったお二人(ごめんなさい)が、ものすごく頼もしく眩しく見えました。

パンフレット、いつもは購入しないのだけど、今回は買いました。
その中のインタビューになるほどと思うことが書かれていました。
布施さん、曰く、1時間45分のショーが一番良くて、そこから15分も20分も長くなってはダメ、長くなることはそれだけ気を惹こうとして余計なことをして、無駄な悪足掻きをしたからだと。
今回のショーは予定100分と書かれていました。2日間に3回のステージ、でもまさか、2日目に昼と夜の2ステージなんて、かなり無謀だと思いますよ。
わたしが観た最初と最後のステージはもちろん時間通りに終わり、しっかりと心に刻まれました。
素敵な思い出をありがとうございました。ささやかなわたしの物語の本に、小さいけれどきらりと輝く栞が挟まれました。

#LIVE
絵を描く人  2021/06/18
若かった時、自分の肖像画をもらったことがある。油絵のような大げさなものではなくて、スケッチのような絵だ。実物よりもずっと生き生きと美しく描いてくれた。それなのに、いつかどこかに失ってしまった。大切に扱わなかったことを後悔している。

ある時、駅の地下道の雑踏の中に彼を見つけた。彼もこちらに気付いたようだった。でもあっという間に人の波に飲まれて見失ってしまったのだった。そんなものだ。すれ違っていくのだ。

もうずっとずっと昔の話、顔も名前も忘れてしまった。それでも悔いとして心に残っている。あの時、わたしを描いてくれた人、どうしているだろう。今も絵を描いているだろうか。

高校時代の同級生で、絵を描く人がいた。特に仲が良かったわけではないけれど、どんな絵を描くのかとても興味があって、いつか見せてって言った。驚いたように彼女の顔がぱっと輝いて明るくなった。

卒業して、ずっと後に彼女から電話があったらしい。もう、その時はわたしは家を出ていたから、何年も経ってからそのことを聞いたのだ。絵が描けたからと連絡してきたのだった。

いろいろあって、連絡せずじまいだった。申し訳なかった。きっと落胆しただろうなと思う。他の友人のことは忘れてしまったのに、彼女のことは時々思い出す。今も絵を描いているだろうか。

絵を描く人に憧れる。自分にも少しでも画才があったなら、どんなに素敵だろうと思う。中学生だった頃、美術の先生が描いていた東京駅の絵を見せてもらったことがある。強烈な美しい絵だった。その空は紫色だったことを、今も覚えている。
フラメンコ・ギター 2021/04/22
ヴィンセント・アミーゴはスペインのフラメンコ・ギタリストです。
子どもの頃から、フラメンコ・ギターに憧れていましたが、その熱はずっと冷めません。
最近BGMにしているのは、アルバム「De mi Corazón al Aire」と「Vivencias Imaginadas」です。特にLimon de Nataの曲が大好きです。

午後3時のブレイクには、窓から見える空を眺めながらコーヒーをすすり、頬杖ついて聴いています。

やっぱりいいわあ、フラメンコ・ギター!

Vincente Amigo
Vivencias Imaginadas
朝雨 2021/03/13
土曜の朝、目覚めれば
しんとした気配
耳を澄ませば、雨の降る音と遠くの風の音
雨だれがリズムを刻む

乾いた地面は喜び、明日にも息吹かんばかりに木々は天を見上げる
芽を出したばかりの可愛らしい若草は驚くばかり
彷徨っていた埃たちはみな雨粒に抱かれて地に落ち着く

春の雨
はじめの雨だよ
今日は一日、降るらしい
素敵な日になりそうね
うん、微笑みの日になるよ
ひとの心の奥をどうして探ることができるだろうか。 20/10/23
ひとの心の奥底にあるもの、誰も推し量れないだろう。どんなにちかしいひとであっても。
だから、ずっと心に引っかかっていました。

わかり合っていると思っていても、心の奥深いところまで触れることなど、できようもない。
心の奥にどんな葛藤を抱えているか、察することはできても、自分ごとのように感じることはできない。
わからないからこそ、思いめぐらし心配してしまう。
ずっと、そんなことを思って過ごしてきた。彼の心深くには何が起きていたかと。
いなくなってしまった後も、ずっと考えてきた。今のことのように心配していたのだ。
でもようやく時を経て、気づいた。彼の心の奥底に眠っていたであろうぬくもりを感じられるようになったから。きっと大丈夫だと思えることができて、やっと安心することができた。
おかしなことだが、彼の行き先を心配していたのだ。ひとりでさびしく過酷な旅を強いられていないだろうかと。
でもそれは違う。きっと違う。
彼は安らぎへと帰って行ったはずなのだ。
それは願いではなく、確信に近い。
いつか会えた時には、頬を両手で挟んで、もう心配させないでって言うつもりだ。
困りながら笑ってこたえる彼の顔が思い浮かぶ。
よしろうさん  2020/09/01
よしろうさんはわたしのいとこにあたる。
といってもすごくおとなで、わたしより20歳以上も歳が上だったと思う。
たまに我が家に訪れて、その時は決まって父とレコードをきいていた。
小さな部屋に寝転んで、目を閉じて、かすかに爪先を動かしながら。
シューベルトだったように思う。
色が白くて背が高い人だった。言葉を交わした記憶はないけれど、優しそうなたたずまいの人だった。
ずっと後になって、よしろうさんが死んだと知った。公園で木に掛かって自ら死んだのだった。

マコトおじさんは、ピアノがひけた。というより。ぴあの弾きだった。それを生業とした人だった。どうしてピアノが弾けるようになったのかは謎だけど、バーやクラブで弾いていた。
ある晩、我が家に来たときにわたしの小さなオルガンを弾いてくれた。
おじさんが帰るとき、父が言った。
おい、上を向いて歩けよ。前を見てな。
おじさんは笑いながら言った。
ああ、でも下見てるとたまにはいいこともあるのさ。
それから何年後かに、どこか知らない街でおじさんは死んだという知らせが入った。
お葬式はなかった。

傍目には悲しい人生に映るけれど、本当のところはわからない。
何が幸せで、不幸かなんて誰にも決められない。
ただ、まだ10歳にも満たない幼いわたしの胸を打つ出来事だった。
よしろうさんもマコトおじさんもいったい何を見つめていたのだろうか。
何をつかもうと手を伸ばしていたのだろうか。
果たしてそこにたどり着いたのだろうか。

この世界は悲しみに満ちている。
でもそれと同じくらいに、愛にも満ちている。
嘆きうちひしがれても、見上げれば満天の星が煌めく。
風がふわりと頬を撫でていく。
朝にはやわらかな日差しが窓に差し込む。
目を閉じてあなたは
握った拳を胸にそっと押し付けるだろう。
夕には萎れてしまう青草であっても
豊かな雨に濡れてぴんとその葉を伸ばすのだから。
眩しいほどの色   2020/07/29
緑色のワンピースを買った。

あまりにも鮮やかなミドリなので、ちょっと気が引ける。
こんな緑、目立つだろうな。やっぱり、無理かなって思う。
でも、気を取り直して、着たいものを着ることにした。自分のイメージに忠実に。

年相応ってことも、頭をよぎる。
いやいや、しかし、やはり着たいものを着るのがいい。

いいのさ。わたしが見る世界はわたしの世界なのだから。
誰も知ったこっちゃない。
自分の着たいものを着るのに、文句なしだ。

って、勇気出してこの春買った鮮やかな緑色のワンピースを着て、出かけることにした。
美人と言ったらだめ  2020/06/08
あるネットの記事で読んだのだが、スウェーデンでは他人と比較するということをことごとく嫌うそうだ。と同時に「見た目について言及しない」ことが徹底しているのだそう。
あなたは可愛いね、美人ねというのもご法度だそうだ。
(という記事を読んだのだけど、もし間違っていたら教えてください。)

ひとを見かけで判断しないことは大事なことだ。
だからと言って、
美しい顔と言ってはいけないのか。
それはだれかを醜いと言うのと同じか。

例えば、背が高いねとは言わないほうがいいだろう。もしかしたらそのひとは背が高いことにコンプレックスを感じているかもしれない。今では全く気にしないけれど、子供の頃、小さいわたしは背が低いと言われるのは嫌だったから、同じことではないか。
顔が小さいというのももちろんだめだ。
色白ねって言うのもよろしくないだろう。
肌がきれいというのはどうだろう。
さて、どうしようかと迷い始めた。どこまでを褒めていいのかしら。

あなたは美人だ、可愛い、彼はハンサムだと誉めているつもりでも、それは暗にその他の人はきれいじゃないと言っている、比較していることになる。
それを聞いて、どこかで傷つく人がいないとも限らない。

努力ではどうにもならないような先天的な外見について、口にするのはやめた方がいいと感じている。それは極端に言えばルッキズム(外見至上主義)に加担していることになるのかもしれないから。
 
このことはわたしにとって、衝撃の気付きだった。気付いて本当に良かった。今まで外見を褒めることをさんざんして来たからだ。反省しなければならない。これからはよくよく考えてから言葉を発しなければと心に命じた。
潔く、容姿については口にしないことにした。
ある日、みおの疑問  2020/05/10
みおね、誰にも答えられない疑問があるの。
へえー、どんな疑問?
『うーん、今ってどうして今なんだろう。今ってどうしてあるのかな。』
そんなことを言っていた。

7歳で、しっかり哲学してるよねって息子に話したら、
え、それって哲学じゃなくって物理でしょって言われた。
ぎゃふーん、そうだ、確かに物理だ。
そう言いながら、ハイデッガーの「存在と時間」のことを思い出した。
存在を考える時に時間的なものはかかせない。
すでにあった自分と今ここにいる自分、そして将来の自分、確かにすべてわたしの存在であり、
しかもそれは死という終わりに向かう存在だ。

ソクラテスの時代では哲学も物理も天文学も、数学も音楽もみんな一つの学問だった。
垣根がないからこそ、さぞ面白かったに違いない。
きっと広い視点を保ちながらも中心をじっと見つめてぐるぐる回っていたのだろうな。
いつの時代も真理を見つけようと、ぐるぐる回っている。
アインシュタインだって、自分の出した命題に答えられなくて、頭を抱えていたらしいから。

地球や宇宙や時空について、はるかに思いを馳せてみたら、
些細なことに振り回されて右往左往している人間たちが、とたんにちっぽけに見えてくる。
自分なんてあたかも塵のようにすぐに消えて無くなる存在だと承知しているけれど、
自分だけでなく、この世界のものすべて、はかない存在、時の流れに埋もれてしまうのだな。

今ってどうしてあるのだろう。今を生きている自分はどうしてここにいるのだろう。
みおちゃんとわたし、今どうしてここで出会ったのだろう。果てない時空の嵐のような只中で。
不思議だ。大きな驚きだ、ほんとびっくりだ。そう、何もかもが驚愕でしかない。
いつかはすべてが失われてしまっても、その先もずっと続くだろう。
永遠も一瞬も同様に、きっと今ここにあるにちがいない。
AVISHAI COHEN    2020/02/29
ここ最近、いつも夜眠る前に聴くアルバムはAVISHAI COHEN の「Gently Disturbed」
今一番好きな音楽です。
AVISHAI COHEN (アビシャイ・コーエン)はイスラエルのベーシスト、昨年の東京ジャズで知りました。なぜもっと早く彼を知らなかったのかと心から後悔しています。

美しくも哀愁を帯びた繊細な音楽に心揺さぶられます。
深い海の底にゆらゆらと沈んでいくような、でも決して暗闇ではない、光も不思議に差し込んでくる。
曲想もリズムも斬新で思いがけない、意図的にずれて奏でられるのに調和しているその心地よさ、とめどなく降り注ぐ音の雨に心底驚かされます。
白い砂漠の彼方から、あるいは鬱蒼とした森の奥から聴こえる音楽。
そんな音楽を聴きながら眠りに落ちていきます。

「Gently Disturbed」2010年
AVISHAI COHEN(b)
MARK GUILIANA(ds)
SHAI MAESTRO(p)

ストリングスを起用した2014年のアルバム「Almah」も素晴らしいです。
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